理系書店員のひとりごと

水環境に興味があり「技術士」を目指す書店員のブログ。将棋アマ5級程度。日本手相能力検定3級。マラソン元サブスリー。トライアスロンはそこそこ。桑名七番勝負1回戦敗退。

“カンを養う”ことの大切さ

 最近、カン(あるいは直観のことも)というものが見直されている。

不確かな時代を象徴している現象のひとつかもしれないが、それは一見、科学的ではない、今のご時世にミスマッチなことのように思える。

 かつての高度経済成長期以降の数十年は、あたかも約束された人生のレールがあるかのような時代であったし、それが決して楽であったとは言わないけれども、実際そうであったように思う。

 ただし、現在は違う。ましてや、「(他人に)勧められたレールの上を歩いたのに、自分の希望通りにならなかった」などと後で言い出すなどというのは、今のご時世においては特にナンセンスである。実際、人生のお手本を指し示してくれる人などは周囲にはいないし、いたとしても、実際には数年以内に廃れてしまうもの(手本)だったりする。それだけ今は物事の変化が速い。変化だけを追っていても消耗するだけで何も得られない。

 そうなってくると、まずは結果はどうあれ、自分の意志で選択・決断することが大切であり、それが人生を後悔しない生き方であると思われる。もちろん、その選択が当人にとって良い結果を生むようであれば言うことはない。しかし今は、未知の事態や変化に頻繁に対応しなくてはいけない時代だと言われているので、それらに対応(選択)するためには、要所要所に “カン”というものが必要になってくるのだろう。

 

 それでは、『カンはどうしたら持つことができるのか?』

 

 それについては、次の2つの書籍で各々述べられている。

 ①「指導者の条件 ―人心の妙味に思う」(松下幸之助 著、1989年 PHP文庫)

 名将といわれた黒木為禎(くろきためとも)大将が日露戦争の第一線を巡視している際に、「今夜は夜襲があるぞ」と言うと、必ずその晩は敵が攻めてきたそうだが、なぜそれが分かったかというところに特別な根拠があるわけではなく、いわゆる “カン” であったなどという逸話をあげた後で、次のように説明がある。

(商売人であれば、一つの商品を見て、それが売れるかどうか、どれだけの値打ちがあるか一目でわかるというのでなければならない、という例もあげている)

  → 『これ(カン)は、やはり、経験を重ね、修練を積む過程で養われていくものだと思う』

 

 ②「直観力」(羽生善治 著、2012年、PHP新書

  『直観を磨くには多様な価値観を持つことだと思う。~ 直観は黙っていても経験によって自然に醸成されていくものである。その醸成は日々の生活の中でも知らず知らずのうちに行われているはずだ。~ そうした経験も大切だが、そこから何を吸収するかはより重要だ。それによって価値観も変わるからだ。』

 この本では最初に、直観とは何かについて次のように述べられている。

『自然と湧き上がり、一瞬にして回路をつなげてしまうものを直観という。

(論理的な思考が直観へと昇華された瞬間がある)』

  特に興味深いのは、直観の正体とは何かについて、カーネギーメロン大学 金出武雄先生 との対談とともに語られていることであるが、その内容は別のページで紹介する。

 

結論: カンは、経験を重ね、修練を積む過程で養われていくものである

 

 この変化の多い不確かな時代においても、大切なことは変わらないのだ。

そのことを再確認し、私自身の日々の迷い・悩みに対する戒めとする。